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表参道はクリスマス

クリスマスもいよいよ来週。バブルの頃はクリスマスは異性と過ごすことが大切なポイントだった。しかし昨今は「クリぼっち」という言葉がマスコミで取りざたされるように、一人でクリスマスを過ごす人も多くなったようだ。

クリスマスも様変わりしたように、クリスマス音楽も様変わりしたのだろうか。SoftBankのCM音楽で山下達郎の「クリスマスイブ」が使われていた。山下達郎といえば、1989年JR東海新幹線のCMで使われ大ヒットした曲である。タレントは牧瀬里穂。その曲がまたクリスマスに使われている。テレビをあまり見ない私がこのCMを見るのだから、多分1000GRP以上のテレビ出稿はしていると思う。しかしこのCMで牧瀬里穂をリアルに思い出す層は、多分このCMのターゲットではないはずである。SoftBankのターゲットは10代後半〜20代。その世代が牧瀬里穂をのJR東海のCMを知るはずもない。つまりSoftBankのCMを見て、人口比率から言えば多くの人がJR東海を思い出し、牧瀬里穂を思い出している。あの歌を聴けば多くの人はJRを思い出すのだ。記憶に残るCMとはそんなものだ。

そんなことを思って、ネットで「クリスマスソングランキング」を検索してみた。すると2015年調査で、N01山下達郎・クリスマスイブ NO2ワム・ラストクリスマス No3マライアキャリー・恋人たちのクリスマス No4B’z・いつかのメリークリスマス No5稲垣潤一・クリスマスキャロルの頃には No6松任谷由実・恋人がサンタクロース No7BoA メリクリ No8桑田佳祐・白い恋人達 No9ジョンレノン&ヨーコ・ハッピークリスマス No10 L’Arc〜en〜Ciel・Hurry Xmasとなっていた。(データーCD&DL) 新しい音楽、バンドが登場しても、クリスマスソングの人気は、あまり変わっていないのだ。最近の曲はリズム重視のような気がしている。CDの売り上げのダウンし、コンサート集客はあまり落ち込んでおらず、みんなで盛り上がる音楽がいまのトレンドなのかも知れない。カラオケで皆んなで騒げる曲だ。しかし2015クリスマスソングランキングはメロディラインがしっかりしていて、歌詞が残るものが多い気がする。私たちは映像の仕事に携わっている。私たちは記憶に残る映像を生み出したいと願っている。記憶に残れば五感で思い出すことができるのだ。映像もしっかりとしたメロデーラインと歌詞をつけたいものだ。

写真は表参道のイルミネーション。

東京都渋谷区 原宿で動画製作の最も経験のある

インタナショナル映画

記 hirashita

 

 

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映画「リザとキツネと恋する死者たち」

12月19日新宿シネマカリテで封切られる映画。ハンガリー映画で、数々の賞を受けた映画だ。試写会でこの映画を見たのは1ヶ月前、適齢期の女性の恋を描いた映画だと言えばいかにもそこいらにある話だが、相手が幽霊で、三角関係、四角関係へと発展する。コミカルな映画で、主役のモーニカ・バルシャイは魅力的に変身である。暖かな映画で、日本の幽霊をテーマにしているところも遠い西欧の花寺ではない。その幽霊が日本人の歌手「トミー谷」。「トニー谷」を洒落た名前である。

ところでトニー谷をあなたは知っているか。1917年生まれのコメディアンである。大正生まれである。氏は「ざんすざんす、さいざんす」「家庭の事情」「おこんばんは」「ネチョリンコンでハベレケレ」「レイディースエンジェントルメン、アンドおとっつぁんおっかさん」「バッカじゃなかろか」などの言葉を流行させている。いでたちは、いま流行りの黒縁の大きめのつり上がったロイドメガネ。少々エキゾチックな風貌に、洗練された服装。当時はキザ、イヤミなやつと評された。

でもカッコいいのだ。いまの時代では、芸人、役者、ミュージシャンと比較しても、例えることはできないほどカッコイイのだ。トニー谷に影響を受けた作家、芸能人は多い。例えば赤塚不二夫の漫画イヤミ氏は、トニー谷をモデルにしていると言われる。三島由紀夫、村上春樹の小説にも氏をモデルにした人物が登場する。破天荒とはよく言われる横山やすし以上に破天荒なのが氏だ。破天荒さゆえに芸能界で干されてゆく。氏をあわわすにはアバンギャルドという言葉が最も似合う。ちなみに、タモリもトニー谷の芸風に影響を受けていると私は思う。タモリのデビュー当時の「イグアナ」「ハナモゲラ語」などはトニー谷を思い起こさせた。

そんなトニー谷を思い出させてくれる、リザとキツネと恋する死者たち、クリスマスに見に行かれては。

写真 トニー谷さん

記 hirashita

 

 

原宿ってなんだろう?

先週、漠然とこんな疑問が湧いてきた。周りの人に聞けば、「原宿はJRの駅周辺、表参道は地下鉄の駅周辺」という人もいれば、「原宿は竹下通り」という人もいる。ちなみに原宿という町名はない。

原宿という町名があったのは、昭和40年まで。その年の住所表示変更以来、行政的には存在しない町名である。それ以前は、現在の神宮前1〜4丁目が原宿町・竹下町となっていた。何時から原宿が地名として存在したかを調べると、明治初期には原宿村の記載がある。江戸幕府開幕前50年前にも記載があり、旅人の宿場町であったようだ。

さて、現代に話を移せば、多くの人が「原宿」という場合、どこを指しているのだろうか。渋谷にある映像製作会社である当社には、撮影依頼で「原宿を撮りたい」という人がいる。それが、表参道を指しているのか、竹下通りを指しているのか、話を聞くまではわからない。

このように原宿は、銀座のように町名と一致しない町なのである。しかし、都市ブランドとして知名度は全国い。そして、原宿はその呼ぶ人によって、範囲が違う不思議なエリアであると思う。10代の女の子にとって原宿は竹下通りだし、20代以上には、表参道が原宿エリアであると思う。都市ブランドとして、その人の年齢、体験、興味により、イメージが分かれる不思議な地名だと思う。表参道と竹下通りではショップのイメージも集まる人も違うと思う。また、裏原地域もまた独特の個性を出している。

原宿とは不思議なエリアである。そんな神宮前に拠点を構える当社も、スタッフの個性により考え方、興味も違うまさに原宿的会社である。ご興味のある方はご連絡を。

 

記 hirashita