『日本敗れたれど』、何をいかにして、日本を伝えるのか。それを考えるべきだ。

『日本敗れたれど』戦後日本のドキュメンタリー映画

 

こんにちは。インターンの根本です。

 

インタナシヨナル映画会社の創立者、陸奥イアン陽之助について以前お書きしました。

今日は、弊社の父、陽之助が監督したドキュメンタリー映画『日本敗れたれど』について話したいと思います。

 

陸奥イアン陽之助 カメラマンと

 

 

『日本敗れたれど』

監督:イワンムツ 解説:徳川夢声

1949年(昭和24年)6/21公開 白黒 スタンダード 配給:東宝 製作:ZMプロ

 

『日本敗れたれど』は、IMPCにとって起源とも言える映画です。

国際ジャーナリストとして活躍していた陽之助は、アメリカのニュース映画の中から、

日本戦の映像素材を選び取って買い取りました。

それを戦後日本の様子を写した映像とつなぎ合わせ、編集したのが、『日本敗れたれど』。

題名の「~たれど」に日本再建への願いを込めたそうです。

 

『日本敗れたれど』は、昭和23年に東宝系で全国公開されるや

敗戦の虚無感に暮れていた当時の日本人の共感を呼んで大ヒットとなり、

当時の有楽町日劇が満員札止めとなるほどの盛況になりました。

 

 

終戦からの長い道のり

映画の冒頭で、無音で以下のような字幕が画面いっぱいにでてきます。

これが映画の語らんとする内容の骨子です。

 

終戦からも早や4年――

其の後の日本人の生活は、政治に 経済に 社会に 道義に

個人と大衆と両面に於いて 180度の転換の機会を与えられて来た

暗黒から光明へ――束縛から解放へ――その途は着々と拓かれつつあるが

それは単に形式や外観 制度 組織だけの上で その変容を認められるだけで

国民全体としては未だに道遠しの感がある。

 

この映画で描かれているのは、戦争の悲惨さだけではありません。

それよりも、もっと漠然とした虚無感の方がが鋭く、ときにあえて淡々と切り取られているように見えました。

戦争が終わり、いろいろ変わりました。

天皇は神から人間になり、女性の参政権が認められ、詰め込み式教育から幾分かは個性を重んじるようになり、

GHQが日本の政治・経済に介入し、憲法25条や9条も生まれます。

 

しかし、その一方で--

川をゴミ箱として平然と使う人、キャバレーなどで刹那的な享楽を躍起になって求める人、

刑務所が大混雑するほどまでに伸びる、犯罪率。

これらの映像が、特に、印象に残りました。

 

思うに、この時代の代わり映えを目撃した人々は、

急激に変わる倫理観にアイデンティティ・クライシスを感じる者も多かったのではないでしょうか。

 

この映画は、心にそんな葛藤を持った人々に特に共感されたのでないかと感じます。

もちろん、戦争の知らない親から生まれた私が断言できることではありませんが。

 

映画に込められたものとは?

この題名に続く言葉は、観たものがそれぞれ考えればいいのだと思います。

ちなみに、私はこう解釈します。

『日本敗れたれど』、何をいかにして世界に日本を伝えるのか。

それをこれから考え、模索していくしかない、と。