川口監督ドキメンタリー試写会 作品名「彼らの原発」(仮題)

物語は福井県おおい町の原発周辺で暮らす人たちの2104年の話である。2011年東北で大地震が起こり、絶対に壊れることはないと言われた原子力発電所がメルトダウンを起こし、直後東京に住む多くの外国人が避難し、夜になると東京の灯りは消えてしまい、首都東京も住めなくなると多くの人たちが思った。

そして震災からの復興と同時に、原子力発電所の再開の話が政府から出始め、2013年9月オリンピック誘致の成功、安倍首相が「under the control」と世界に発言し、原発事故は終焉したと多くの人たちが思った2014年の原発の町の話である。しかし2016年の今も世論調査では多くの人たちが原発の再稼動に反対している中で「おおい原発」は日本で最初の再稼動原発になると位置付けられ、日本の視線が集まる町になった。その町に監督は入り込んだ。

この作品を見る前私の予見は、映画は原発には否定的な作品であると思い込んで試写会に赴いた。また、二時間を超える長さ、ドキュメンタリーとしては中だるみ、飽きがくるのではないかとも思ったが、その二つの予見は見事裏切られることとなった。多分監督もアンチ原発という姿勢で取材を始めたとは思うが、原発の町で暮らす人たちへの取材の中で、迷いに苛まれているのが感じられた。私もどちらかと言えば反核・反原発の意見だとは思うが、この映画の途中から、反核・反原発の話は地元が原発の存在を認めるのか、認めないのか、という話ではないと気がつき始めた。

そして監督はカメラを持ち町民の日常の中にどんどん入り込み、今もなお細々と守られている地域の習俗、宗教、そして生活の糧を得ることに触れる中で、原発の問題は、都心で暮らす私たちの切実な仮題であり、日本の将来の仮題であると思い始めていた。

最近、福島から離れて生活する小学生が「バイキン」と呼ばれ、いじめられ、「保証金があるだろう」とタカられ、教師までが「菌」と呼んだ報道が紙面を飾っている。しかしこれは原発に反対する人の多くにある話ではないかとも思った。それは「原発を成立させているのは地域の金銭エゴ」だと思っいる人は少なくないと思う。地元が反対すれば原発は無くなると思っている。でも回答は簡単だ「沖縄を見ろ」である。沖縄県民はほとんどが基地の存在に反対し撤去を訴えている。「お金をあげているだろう」「減らすぞ」という政府の態度には誰も屈していない。米軍基地も原発も地域の問題ではないと思う。「代償としてお金をあげている」という都市に住む人たちの目線が、福島出身いじめを生んでいるのではないかと思う。その映画はそんな観念を真っ向から打ち崩してくれる。それは監督の意図したものではなく、町民の言葉、表情から伝えられるメッセージだと思う。私も映像を生業としているが、書籍や文章でメッセージするのと、映像はどこが違うのかと問われた作品である。町民の表情、監督の視線、監督の問いかけ。

米国ではトランプが政権を握り、韓国でも大統領が失脚し、ヨーロッパでもその兆しが見えている。マスコミはポピリズムの台頭として警戒感を持って論じているが、ナショナリストの台頭は反グローバルではなく、もはや「今の体制では幸せになれない」、という市民の声ではないだろうか。トランプに対峙していたのはクリントンではなく、本当は社会民主主義者のサンダースではなかったのか。いまナショナリズム旋風が世界を席巻しているのは事実であるが、それは「変革を望んでいる」声だと思うしそれは社会民主主義という選択もあるのである。とても大きな話になったが、この作品はおおい町の生活を通じて私にそんな問いかけを忍び込ませた。2014年という少し前の取材であるが、いまの仮題をとても穏やかで戸惑う町民たちの表情が伝えてくれる映像の力を示してくれた作品だと私は思った。是非この作品が全国で上映されることを望む。

 

記hirashita@impc.jp